2008-01-01から1年間の記事一覧

僕ら

寒い日、眠る前、僕らはいつも、しょうがを効かせたスープを飲んだ。眠る前、僕らはいつも、とても静かな曲を聴いた。僕らはいつも、息をひそめて話をした。僕らは僕らの叫びを聞いた。僕らはビスケットをたくさん食べた。お互いのことは何も知らない。僕ら…

車内は大人たちが押し合っており、わたしたちは握り合っていた掌を離してしまう。そのとたん、私は狂わんばかりに大人たちの体を突きのけ、弟を探す。大人の背中に鼻をめりこませながら、弟が、大きな眼だけで私を見ている。(色川武大「連笑」より)

・・・

われわれは十世紀にわたって、われわれを導く人びとに対して深々とお辞儀をする柔軟な態度をとってきた。・・・われわれは主人を持ち、彼らの移り気に譲歩し、それを喝采する習慣にすっかり慣れている。そうだからと言って、・・・彼らの前でこっそり笑うこ…

だが、話すこともできなければ釈き明かされもしないもの、世界の中で黙って消えていくもの、人類の歴史をしるした板に掻き傷のように刻みつけられた小さな線、このような行為やひと、夏のさなかにたったひとひら舞い落ちてきた、このような雪片、これらはい…

紙片

(おまえを紙片とともにかがり/窓をふみでて、/無心になりながら息つめたあと/あかるすぎると/わたくしは思って) (稲川方人「償われたものの伝記のために」より)

厄介

別に死にたくはないけれど、それまで生きているのも厄介な話である。(内田百輭「百鬼園随筆」より)

撤去

アテネフランセで「モーゼとアロン」。美篶堂で二月空展「MILD 11」。コニカミノルタで宮嶋康彦展「ヒッポダンス」、石本卓史展「脆弱なる大地」、長谷川治胤展「clear」。ユイットで佐野洋平展「花を描く絵」。DENで荒井伸佳展。馬喰町ART+EATで「すうぷ」…

浮沈

福果で吉雄介展。秋山画廊で小林聡子展。藍画廊で川田夏子展。INAXで母袋俊也展。ASK?で吉峯和美展。ギャラリー山口で野沢保之展。四谷で瀧口博昭展。ドラム缶に満たされた水中で反復される、ビニール袋の浮沈と仄かな点灯を、天井に近い足場で待ち続ける。…

山椒魚

「先生、どうして、『山椒魚』に筆を入れるなんてことなすったんですか?」 「あれはねぇ、もし許されることなら全部書き直したいんですよ」 「どうしてですか?」 「だって、あれじゃ出られないもの。あれじゃ、どうしようもないもの」 「あれは出られない…

メモ

福原画廊で松永かの展「灯心」。トキ・アートスペースで末松歩展。Rooneeで西村陽一郎展「雪の記憶」。Niepceで田邉廣作展「心象の風景」。アニータで建部ひろ子展「祈りのかたち」。it'sで城達也さをり織り展。a・PeXで増満兼太郎展。thorn treeで秋山花展。RAT HOLEで…

手元がすべり舞い散るオキサイトグリーン。部屋は新緑の草原に一変。電話を受けるが声が出ず、メールで返答。身振り手振りで所用を済ませ、笑うかわりに拍手する。座間市立図書館での展示が終了しました。2ヶ月間、ありがとうございました。ご担当のIさん、…

「まるで犬みたいだ」(カフカ「審判」より)

箱を5つ運ぶ。透き通った青い飴をもらう。真空を眺める。黒いリボンを選ぶ。最小の熱量で留まる水滴を思う。あるけれどない塵を思う。意味の派生しないものを思う。 「無というものは偽善だ、とことばは僕に言う。お前にそれがわからんわけもなかろう」 (…

ありがとうございました

おかげさまで、展示「霧」を終えました。 ご来場いただいたみなさま、貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。また、告知もお知らせもせずにいたことをお詫びいたします。作品と展示に、意味と説明を求められるのは毎回のことですが、今回は…

着地

際限のない誤解に埋もれていたひとかけらが、一瞬の振動により浮力を得て、届くべき人のところに、ただいま、と着地した。それ以上、何を望めばいいのだろう。

「真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道」(中村草田男)

プー

「一番好きなのは、何もしないことだよ」 「何もしないって、どうやるの?」 「そうだな・・・。『何するの』って聞かれたら、『何にも』って答えてね、そのまま外に行けばいいんだ」 「楽しそう。一緒にやろうよ」 (「くまのプーさん」より)

絶望

「かれは絶望している。しかも絶望していない」(森有正「ドストエーフスキー覚書」より)

パン

「世界を前に この世界を前に 何処にも寄り掛からず 立っている その存在、そのもののように 人間達の世界を前に、目を見開き、凍てついた絵画 パンと、水、書物 わたしは、あなたが、いままで生き延びて来たという事実によって 多分、それと同じくらいの苦…

ぐるぐる

「老人は独り静かに死んだ 我々は議論好きだが決して核心に触れようとしない」 「音楽がゆっくりと死んでゆく 音楽はゆっくりと死んでゆく あなたの耳に届いているかしら?」 「聞こえる 壁の向こう側の叫び声 けれども誰もそのドアをノックしようとはしない…

日付

「わたしが死んでから わたしの伝記を書く人がいても これほど易しいことはない 二つの日付があるだけだ ―― 生まれた日と死んだ日との この二つの出来事にはさまれた日びはすべてわたしのものだ」 「わたしがどんな人間であったか語るのは易しい わたしは見…

伝言

「わたしは手に渡すべき伝言を持っているにの気づき、それが白紙だと言うと、笑われた。そして、笑われた理由が、紙はすべて白いからなのか、伝言はどれも推測されるものだからなのか、いまだに分からない」「わたしは、どんなものか聞かされてもいない物を…

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シンポジウム「1968+40」(渡辺一民/絓秀実/酒井隆史/橋本努/鈴木謙介/芹沢一也/荻上チキ)に行く途上の古書店にて、田中長徳氏の20年前のご著書と、井筒俊彦「意識と本質」を入手。オペラシティでトン・コープマンのパイプオルガン・リサイタ…

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「時代の商品としての言説の様々な意匠の向こうに、ほんとうに切実な問いと、根柢をめざす思考と、地についた方法とだけを求める反時代の精神たちに、わたしはことばを届けたい。虚構の経済は崩壊したといわれるけれども、虚構の言説は未だ崩壊していない。…

徹底して壊す。根本を疑う。淵を歩く。空中の塵を願う。I氏が監督した映像作品を、公開前に拝見する恩恵に預かる。朗読されるN氏の手紙と、移るさまざまな風景によって、起ちあがる不在。この不在は、特定の人物と場所を主題としたこの作品に限らず、I氏…

境界線

アテネ・フランセで、佐藤真監督の 「SELF AND OTHERS」(2000年) 一本の樹が佇むシーンで始まり、終わる。牛腸茂雄氏(1946-1982)の写真作品、映像作品、肉声、手紙の朗読、筆跡、写真のモデルへのインタビュー(声のみで姿は出ない)、牛腸氏が見たであ…

諸々

「あんた浮世離れしてるけど、しきれてない、極めろ」そんなこと、言われてもなぁ。某日、風邪ひきさんの案内で、宣伝を一切していない某ギャラリーへ。そこで声高らかに謳われているのは、自分が当たり前に感じていたことと、全く賛同できない諸々。なんと…

反発

「観念的過ぎる」 「意味不明」、そういった類型的な批判は、必ず受けるだろう。何度でも。それらは、意味や観念に対する意識の低い、ろくでもない評なので、聞き流せ。一切気にするな。生理的に反発せよ。その時こそ、さらに根拠を強くして、自作の強度を高…

快晴

某日。快晴。まむしに注意の看板。地には色とりどりのきのこ。頭上には数え切れないほどの蜘蛛の巣。急傾斜の起伏がまっすぐ続く。 某日。快晴。猪に注意の看板。ユニオン、ハリストス、バプテスト、カトリック、ムスリム、ユダヤ、ジャイナ、浄福寺、天満神…

無愛想

某所にて展示始まる。老若男女が集う公共の施設。和やかさを求められるスペースに無愛想極まりない作品を並べる。見れば見るほど、見えない。腑に落ちさせない。影響を与えない。場所の制約や、照明の不自由さが、無意味さをより引き立たせる。2ヶ月の間、…