2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ぐるぐる

「老人は独り静かに死んだ 我々は議論好きだが決して核心に触れようとしない」 「音楽がゆっくりと死んでゆく 音楽はゆっくりと死んでゆく あなたの耳に届いているかしら?」 「聞こえる 壁の向こう側の叫び声 けれども誰もそのドアをノックしようとはしない…

日付

「わたしが死んでから わたしの伝記を書く人がいても これほど易しいことはない 二つの日付があるだけだ ―― 生まれた日と死んだ日との この二つの出来事にはさまれた日びはすべてわたしのものだ」 「わたしがどんな人間であったか語るのは易しい わたしは見…

伝言

「わたしは手に渡すべき伝言を持っているにの気づき、それが白紙だと言うと、笑われた。そして、笑われた理由が、紙はすべて白いからなのか、伝言はどれも推測されるものだからなのか、いまだに分からない」「わたしは、どんなものか聞かされてもいない物を…

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シンポジウム「1968+40」(渡辺一民/絓秀実/酒井隆史/橋本努/鈴木謙介/芹沢一也/荻上チキ)に行く途上の古書店にて、田中長徳氏の20年前のご著書と、井筒俊彦「意識と本質」を入手。オペラシティでトン・コープマンのパイプオルガン・リサイタ…

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「時代の商品としての言説の様々な意匠の向こうに、ほんとうに切実な問いと、根柢をめざす思考と、地についた方法とだけを求める反時代の精神たちに、わたしはことばを届けたい。虚構の経済は崩壊したといわれるけれども、虚構の言説は未だ崩壊していない。…

徹底して壊す。根本を疑う。淵を歩く。空中の塵を願う。I氏が監督した映像作品を、公開前に拝見する恩恵に預かる。朗読されるN氏の手紙と、移るさまざまな風景によって、起ちあがる不在。この不在は、特定の人物と場所を主題としたこの作品に限らず、I氏…

境界線

アテネ・フランセで、佐藤真監督の 「SELF AND OTHERS」(2000年) 一本の樹が佇むシーンで始まり、終わる。牛腸茂雄氏(1946-1982)の写真作品、映像作品、肉声、手紙の朗読、筆跡、写真のモデルへのインタビュー(声のみで姿は出ない)、牛腸氏が見たであ…

諸々

「あんた浮世離れしてるけど、しきれてない、極めろ」そんなこと、言われてもなぁ。某日、風邪ひきさんの案内で、宣伝を一切していない某ギャラリーへ。そこで声高らかに謳われているのは、自分が当たり前に感じていたことと、全く賛同できない諸々。なんと…

反発

「観念的過ぎる」 「意味不明」、そういった類型的な批判は、必ず受けるだろう。何度でも。それらは、意味や観念に対する意識の低い、ろくでもない評なので、聞き流せ。一切気にするな。生理的に反発せよ。その時こそ、さらに根拠を強くして、自作の強度を高…

快晴

某日。快晴。まむしに注意の看板。地には色とりどりのきのこ。頭上には数え切れないほどの蜘蛛の巣。急傾斜の起伏がまっすぐ続く。 某日。快晴。猪に注意の看板。ユニオン、ハリストス、バプテスト、カトリック、ムスリム、ユダヤ、ジャイナ、浄福寺、天満神…

無愛想

某所にて展示始まる。老若男女が集う公共の施設。和やかさを求められるスペースに無愛想極まりない作品を並べる。見れば見るほど、見えない。腑に落ちさせない。影響を与えない。場所の制約や、照明の不自由さが、無意味さをより引き立たせる。2ヶ月の間、…

圧縮

サントリーホールでミカエル・レヴィナスの「叫び声」(日本初演)。脱出しやすい席を確保するも、演奏が控えめであったためか脳が溶け出すこともなく、続くユーグ・デュフール「水を司る星」(日本初演)と、ジェラール・グリゼー「ヴォルテクス・テムポル…

”ni mode”

【スペイン語メキシコ弁】 仕方ないか どうしようもない そんな事もあるよ あきらめよう・・・度々メキシコ人が繰り出す必殺文句である。交通事故であろうと、政治腐敗があろうと、レストランでドイツ人観光客に"Kill You"と言われようと、明らかに自分が間…