2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

言葉

用意された言葉が、抑揚巧みな発声に乗り、優れた雑音となって素通りしてゆく中、その人は申し訳なさそうに、訥々と小さな声で、かすかに空気を振動させる。うちがわからたちのぼる言葉は、耳を傾ける前にすでに届き、こちらの棘を抜く。あるいは突き刺す。

8千人

天井の低い地下通路に詰められた8千人の猛者が、ぶつかることなく多方向に行き交っている。酸素は薄いが穏やかな気で満ちている。ある日、通ったことのない道に入った途端、向こうから来る人に話しかけられた。道をたずねられるのかと思ったら、人手が足り…

遠足

抜け落ちていた人々と塗り潰された場所で過ごす。齢七十のふたりと海を眺め野山を歩き酒をのむ。蕗と筍、鯵に鰯に、医師の説得。雷雨を眺め、メタクサを燃料に夜通し遠足。河川敷で砂にまみれTVを囲む。風で赤カブが飛んでいった。 「全くどんな苦痛も、生き…

口数はほとんどなく、自身の考えを表すこともなく、意見を求められても曖昧に流し、まれに打つ相槌も人の話を聞いていないことを明かすものであったその人が、突然私に耳打ちした。「それをいつも読んでいた」と。心身の痛苦を耐えるばかりの数十年の中でそ…