2008-07-16 「 」 私は「条件」に従うことによってしか「運動」の原理を(原理の永遠を)知ることができない それは例外なく 「思うこと」の無意味を隠蔽せずにはおかない だが いったい「無意味」が露呈する私の作為に反駁する「生命」があるのだろうか その断続的な疑いに絶望の議論を立てるのはむろんのこと 「固有」と看做される生命が運動に(言語に)関与した痕跡さえもがことごとく侮辱だと言うべきであろう (稲川方人『聖―歌章』より)