メモ(『夜と霧』より)

・・・生きていてもなにもならないと考え、・・・がんばり抜く意味も見失った人・・・そのような人びとはよりどころを一切失って、あっという間に崩れていった。あらゆる励ましを拒み、慰めを拒絶するとき、彼らが口にするのはきまってこんな言葉だ。 「生きていることにもうなんにも期待がもてない」 こんな言葉にたいして、いったいどう応えたらいいのだろう。ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。・・・具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを・・・たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。・・・だれもその人の身代わりになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引きうけることに、ふたつとない何かをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。・・・わたしたちにとってこのように考えることは、たったひとつ残された頼みの綱だった。それは、生き延びる見込みなど皆無のときにわたしたちを絶望から踏みとどまらせる、唯一の考えだったのだ。(ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』池田香代子訳より)