メモ(1945年)

・・・ブロンデルに関連してーー le psychologique pur [純粋心理]・・・の混沌の中から何か形のあるものを作り出すこと、それが要するに精神生活の意義である。 Concepts collectifs [共同観念]をはみ出すものが多ければ多いほどーーというより、そうしたものを意識すればするほど人は精神的にゆたかである、が同時に狂気にも近い。この共同観念によって表現し得ないものを無理にもしようとするところには詩が生れる。詩を読んでよろこびを覚えるのは、表現を求めて得られなかった混沌の一部がかくして形を得て、明るみに生み出され解放されるからである。混沌からは如何なるものも生れ得る。しかし生れたものは、新しいものであって同時に万人に通用し得るものでなくては人間世界に於て価値はない。


・・・精神に生きるものの一番の脅威は精神力の枯渇である。・・・何ものも、何びとも、この脅威から保証してくれるものはない。・・・しかしいいではないか。・・・助けてくれる神があれば結構、なければそのまま土にかえればよい。


・・・精神病者とは le psychologique pur [純粋心理]の混沌から人と共通性のある形と表現をひき出すことができずに ratlos [途方にくれ]ている者だとすれば、それは芸術的創造にたずさわるべく運命づけられた人間と極めて近い人種と言わねばならない。芸術家もまた混沌を故郷となしつつ、その表現を発見し創り出すのに苦しむのだ。それに成功するのが芸術家、しないのが精神病者と言えないこともない。・・・(神谷美恵子著作集補巻「若き日の日記」より)