口数はほとんどなく、自身の考えを表すこともなく、意見を求められても曖昧に流し、まれに打つ相槌も人の話を聞いていないことを明かすものであったその人が、突然私に耳打ちした。「それをいつも読んでいた」と。心身の痛苦を耐えるばかりの数十年の中でその人は、どこから入手したのかその一冊の本を、隠れて繰り返し読んでいたらしい。