日だまりの中、ふわふわ歩いているとご婦人に呼び止められ「あなた!えらいわねぇ、私が市長ならあなたを表彰するわ」と日が落ちるまで誉めちぎられる。恐縮する胸元で子が眠りながら微笑んでいる。「おひきとめしてごめんなさいね。あんまりうれしかったも…

出てきた直後にはもう笑っていた。移動中も授乳中も睡眠中も高熱でも笑っている。あらゆる状況下で最も効果的な生存術を自己条件反射で体現する千鳥足の生命体に敬意を表し抱きしめる。「ふぉふぉふぉがっごふっげほ」

北方からまばゆくうれしい便りが届き踊る快晴の、時同じくしてその人は倒れ次の日遠く旅立った。いつも響いていた笑い声。突如落とす雷。驚異的な握力。鼈を捌く手際。ラーメンやモーパッサンを語る笑顔。一貫して豪快で綿密な、すがすがしい疾風のような魂…

ふらり辿りついた囲炉裏を囲む。すでに「雪女」は佳境に入り、次いで「もう半分おくれ」と「福下駄」。膝に抱いた子は身を乗り出して人々をくるくる見ている。笑いかけては、眠りに落ちる。燻されたためか終日興奮気味。

よしよしと抱え上げ寝かせるとくるりと翻り地を左右の手で交互に掴み顔をこすりつけ高速のばた足で数m先の壁際に達しさらにその先へ進もうともんどりうっている。よしよしと抱え上げ寝かせるとくるりと翻り部屋中を匍匐で巡る。よしよしと抱え上げ外に出る…

その人物は酒井素樹氏の替え歌に殊更思い入れがあるらしく飽かずに繰り返し流している。音に免疫のないこちらにはいい迷惑ですっかり諳じてしまった。経営する印刷会社を倒しホームレスとなった現状を踊りと歌で披露する技量(酒井氏曰く「人生の切り売り」…

粉(わらび、葛、れんこん、芋)に水を加え火にかけると次第に粘度を増し透き通ってくる。さらに水を加え練るとふるふるした透明の物体となる。両腕に注射され驚きつつけろっとしている。数時間後突然号泣。24時間電話相談に状況を伝えるうちに沈静。

いつだったかうちの三畳間に住みついていたAについて。Aはぶっきらぼうで口が悪い。手は土と油にまみれ傷だらけ。持ち物はぼろぼろになるまで使い込み、拾うか掘り出すかした用途不明の何かを磨いては形見のように慈しんでいる。早朝に出かけ夜遅く戻る。…

「んげげげげ」「んげげ」「げげげ」と突然笑い出す。つられて笑うとそれを見てますます笑う。くしゃみはたいてい3回、最後に「あー」と締めくくる。しばらくはこの一対一の同調的交互活動を続ける所存(「んげんげげ」と笑い合ったり、「あー」の合唱をし…

「コノサキドナイスンノ」「制作する」

2時間毎に我が血を摂りて重さ増し(50g/日)ぷくぷく。日に十数回養分を補給しては排泄。それ以外は睡眠もしくは舞踊。ぱたぱたにやにやふがふが。手品のように次々と技を繰り出す保健師に心配事を問われこんなにのんきでいいものか相談す。

「匍匐前進で…およそ百三十分といったところでしょう」 まばたきせずに天井や壁を見つめ眉を寄せたり口角を上げたりまどろんだりしている。前触れなくうつぶせになり進もうともがいている。仰向けに戻す。両手を駆使してしきりに指で合図を出している。ふん…

陸上に移りひと月。脱皮が一段落。「きひぇう」「ごゃをぐぃ」等と発声し手足が雄弁に舞い一瞬毎に表情を変える。静かに眠る姿は更に面白い。貫禄と求心力に脱帽。水生時に刻んでいた規則的な振動はひゃっくりと判明。

「いっそひとおもいにとどめを」とおぼろの意識が唱え出す。過去のあらゆる痛みを総合しても適わぬ体感で転げまわる身に、そこに留まらず進むようたしなめる冷静な声。母子共に高死亡率の重篤な症状を起こしていたことなど露知らず、耳に届いた泣声に笑いが…

顔に手を当て嘆きの言葉をつぶやいているようなしかめつらの2000gを画像で確認。 「大きく自分の前に立ちはだかり、幾度も頭を打ちつけた壁も、ほんの少し冷静に見つめ直してみると、案外吹けば倒れてしまうような薄っぺらなものだったり、すぐ横に大き…

安静第一。動くと危険。医師の診断に沿いやむを得ず公休消化。5月まで動けないため(5月からは更に動けないらしい)雛の飼育を始める。日に三度規則正しく鳴く。合間に裁縫。

著しい倦怠続くある日視界が揺れ直立困難となり横たわる。終わりなき天井の回転を病院に問い合わせると「栄養不足」と即答。よかれと摂取していた肉魚乳製品卵小麦粉を一切止め、穀物海藻豆類野菜に切り替える。途端に回復どころかかつてない快適さに驚く。

「私はまた自分を忙しくする作業にとりかかる。あんまり忙し過ぎて、自分がいかに惨めに失敗しているかを見なくてすむための作業にね」(W・サローヤン『パパ・ユーアクレイジー』伊丹十三訳) ズボンを履きなさいと日々言われる。散歩中の鷹匠を横目に運転…

「How does it feel/How does it feel/To be on your own/With no direction home/Like a complete unknown/Like a rolling stone?」流れてきた曲に抱腹。いや、頓服。満腹、切腹、立腹、征服・・・そうそう、感服。近々達磨が大量に来るという予告を受ける。

初診で断言。「ご主人、この人には薬も治療も必要ないどころかそんなものは逆効果です。この人は閉じ込めてはいけない。問題があるとしたら、あなたの狭い考え方です。この人を解放すればすべて解決します」そして私に向かって「あなたはどんどん活動しなさ…

ドアをこじ開けようとしながらその隙間からすごい形相で何か言っている。「オマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダ」「ドウシテクレルドウシテクレルドウシテクレル」シャイニングって映画知ってる?「シラン」今度見てみて。あなたが出てる。

植物に与えんと窒素リン酸カリウムマグネシウムマンガン亜鉛ほう素の混合物を入手。「本来の用途には使用しないでください」という注意書きにより投与できず。関せず草花日毎伸び。「身動きできぬほどの不自由さがあるから、それを逆手にとって内圧を高め、…

咀嚼する装置を嚥下し身を内から砕き痩せ細った母は前より顔色も滑舌もよい。「弱るとみんな優しいわねぇ」 相方が小学生から通い続けているたこ焼屋でたこ焼と水とスイカ。バスを待ちつつ高野豆腐ときゅうりと卵焼とかまぼこの海苔巻。「『イ・サン』が始ま…

口々に祝福の言葉を贈られる。母も義母もひたすら耐えて耐えて耐えた。「どーんと構えて我慢しいや」 顔殴られようが頸動脈圧迫されようが共に笑って生き延びよう。

ここ数日で何年も過ぎた。暑くなったら鍋をしよう。「10回言うと叶います。11回はあきまへんで」 樋を伝い瓶に溢れる雨をざぶざぶと菖蒲にかけるように、待つ前に待ち人来たりて氏揃い。混んだ車両で学生がペリクレスについてしきりに話している。

緑に黄色を重ねて、石橋のひびを飛び越えろ。フルコースと手品で笑い転げる人々と共に。息継ぎはいずれできる。今は手を叩き、泳ぎ切れ。すべてを飲み込んで笑い飛ばして走れ。倒れるまで進め。